カメラ片手に・・・写真などいろいろなこと

趣味で撮った写真や、読んだ本の要約などをご紹介します

出口の見えないトンネルと涙。

上村浩晶さん(ライフワークコーチ・投資家)のメルマガより。
いつもよりさらに長文です。



チャンカミです。

人はなぜ涙が出るのだろう。小学生のころから泣き虫だった。一番の遊び友達はいつも兄貴で、体が3歳分大きいから、いつもやられてばかりで、いつも泣いていた弟だった。

小学校に入ると、泣くようなことも少なくなった。4年生のとき、親の都合で、東京に引っ越してきた。

転校生としてやっと慣れてきた5年生、突然、朝、学校に行ったら、クラスの9割の人から無視された。

理由は思い当たるふしもあったけど、あまりにもくだらない理由。子供のイジメなんてそんなもんだ。

けど、無視ってのはキツい。いるのに、いないのと同じ扱い。今、思い返しても、あれはちょっとキツい。その頃から、心に一つフタができたような気がする。親にも真実を言えない。助けてほしいのに、誰にも言えない。

クラスの中で、たった2人、一緒に遊んでくれる人がいた。

相川君と、尾花くん。彼ら二人がいなければ、11歳の僕はどうなっていたのだろうか。

そこから、青春時代、友達に嫌われる恐怖が、根底からぬぐえない時代が続く。心の奥の奥で、どうしてもオープンハートになれない自分がいた。

すると、やっぱり、心の奥で怯えているから、ちょっと、「あれ?」みたいなのが、中学3年と、高校2年であった。

僕の10代、家庭環境はビックリするくらいグチャグチャだった。

父は、東京と神奈川の2つのお寺を住職しないといけないため、家族にはかまえず、仕事仕事仕事。

東京のお寺で暮らす僕と兄貴と母。そこには、嫁と姑の確執があり、母 VS 祖母・叔母という日々があり、母はすごく辛そうだった。

あまりにも辛そうな母を見かねて、東京の私立に通ってグレ始めていた兄貴がたまらず祖母と叔母にブチきれたりの事件もあった。

その時、親父は、母ではなく、祖母と叔母の味方をした。僕たちではなくて、自分の親と兄妹の味方をした。

今、思えば、父は父で、本当にグチャグチャだったのだろう、仕事と家族と子育てのこと色々で。

家族の糸が、プツっとそのとき何かが切れた。それから、兄貴はグレるにグレていった。

父と兄が大げんかしたある日、兄貴のキレっぷりがヤバくて、刃物を持った兄貴から、僕たち3人は、深夜、お寺のお墓の角まで、

裸足で逃げた事がある。

「殺されるかもしれない」両親は本当にそう感じたらしい。

他の色々は割愛するけど、今思い返せば、それなりに家の中は荒れまくっていた。

少年院に入る手前まで兄貴はグレ、3歳年下の僕も、もれなく似たような道を進み、僕は、2歩3歩手前で要領よくセーフだっただろうか。

グレている者同士、仲間の結束は堅かった。その頃ツルんでた仲間は、今、家族ぐるみの付き合いで、かれこれ20年の仲間達で、僕の財産だ。

暗黒とバラ色の10代青春時代である。

しかし、この頃ぐらいから、僕の心には、どっぷりと「闇」がこびりついていった。

親=社会

という精神構図なので、

社会=敵

というシンプルな図式。親と先生と社会は全部敵だった。

誰にもオープンハートになれない。心の奥の奥の奥を言えない。よくわからない不安感、自分なんて生きている価値なんかあるのか、というふとした時に感じる無価値観。

もし、俺が死んだら、親は泣くのかな、なんて、たまに思ったりもして。

夢もなければ、希望もない。あるのは日々の友達とのお遊びと、快楽。

そうこうしているうちに、学生時代が終わる。

そして、そのよくわからない不安感、絶望感、焦りなどは、20代、社会に出てから、ジワジワと増えてくる。

このままでいいのか?俺、このまま大人になっちゃうのか?それ、いいの?

こんな悶々とした想いが募り、けど、勇気もなければ希望もない。週末は酒と遊びで発散し、朝までテキーラを浴びるように飲み、休みの日の朝は渋谷駅で朝を迎える、なんてのはいつもの事。

人生、こんなもんかぁ。25歳。

この想いに、強烈なパンチを容赦なく浴びせてくる一人の人との出会いで、僕の人生は全てが変わる。

25歳~28歳。人生の中であんなにも頑張ったのは、後にも先にもあの時だけ。

一つの小さな成功をおさめた。

チャンチャン、めでたしめでたし、という話ではない。

29歳になる2010年。僕は引きこもりに入る。完全なる燃え尽き症候群になってしまったのだ。

小学校5年から始まった受験競争社会。学習院中等科・高等科という学校内での勉強。家族内でのぐちゃぐちゃ。よくわからない不安感から逃れるための起業。実体のない成功を求めひたすら走った20代後半。

11歳~28歳くらいまで、僕は僕の人生を生きてなかった。

「親が望む人生」と「それに反発する人生」を17年間、全力で生きた。

親が望む人生を歩むのも、それに反発する人生も、結局、どちらも、同じく、「本来の自分の人生ではないじゃないか」と気づいてしまったのが、29歳。

世界一周に出かける数ヶ月前だ。

もう、その時の、絶望感といったらやばい。一体、今までの人生はなんだったんだ、俺は一体何をしていたんだ、という、自己否定、自己不信から始まり、改めて出てくる、親への怒りと嘆き。

そこから、ついに始まる。

ワタシハドコカラキテ、ナゼココニキタノカ。ソシテ、ドコニムカウノカ。

という生涯の問いと向き合う事になる。


なぜ、生まれて来たのか。
なぜ、上村家に来たのか。
なぜ、次男坊だったのか。
使命って何かあるのか?
生きている意味は何があるのか?
死んだらどうなるのか?

そういう、答えが見当たらない、出口が全く見えない問いを、いつもいつも考えていた。

そういうことと向き合い始めたのが、2010年くらいからだから、かれこれ5年くらい。

僕ね、この5年で流した涙、それまでの人生で流した涙の何倍以上も流してるの。

10代の恋愛で泣いた事
友達との色々で泣いた事
卒業で寂しくて泣いた事

そういうことよりも、この5年での涙の方が圧倒的に多い。ふとしたことで、いきなり涙が出ます、今でも。

親は最初から最後まで、無条件の愛をちゃんとくれていたんだ、と気づいたときは、嗚咽が出るほど泣きまくりました。


今まで、全部僕の勘違いだった。彼らはひどい事を僕にはしてなかった。

父のあのときのあれも、
母のあのときのあれも、
兄のあのときのあれも、

全部全部、その後に続く、あの時のためにあったものだったんだ。

父のあれがなければ今の僕は、、、
母のあれがなければ今の僕は、、、
兄のあればなければ今の僕は、、、

人生の苦しかったことの、一つ一つを振り返り、その苦しさが、どれだけのギフトだったんだと、と気づくことができたその瞬間。嗚咽が出るまで涙が出ました。

僕の父は、悪魔じゃなかった。悪魔の顔をした、一番の天使だった。寺を継がないと無条件に愛してくれない、というような仮面を被った父。

表面だけ見ると、彼は、僕の人生をコントロールし、不自由にしようと思っていました。

けど、真実はそうじゃなくて、彼は、そういう悪魔の顔をしながら、本当は、「お前はもっと自由になれ。自由になっていいんだ。愛してるぞ」と嫌われ役を買いながら、誰よりも無条件の愛をくれていたこと。

ここに気がついたとき、僕はまた嗚咽しました。

この数年、今までの人生で、ず~~~~~~~~~っと溜まっていた、膿みというか、闇が、自然と洗われるような出来事が多々起きていました。

実は、あまり人に話していないですが、その膿みは去年まで続いていました。

涙とツケ払い、というカタチで、少しずつ少しずつ、闇を光に変えてきているのです。

バシャールの言う通り、闇と光を統合させ、少しずつ少しずつ、軽い世界に浮上して来ています。

僕は、いったい、今、あなたに何が伝えようとしているのでしょうか。自分でもわかりません。

今、大阪に向かう、新幹線の中です。

今日は、東京でコーチングデーでした。

一人の男性が打ち明けてくれた話が、僕の魂のど真ん中の琴線に触れました。

彼は、本当~~~~~~~~~~~~に、人生に悩んでいる目をしていた。

そして、その悩みは、きっとそれなりの闇を経験してきていて、その闇と向き合うことになるだろう、これからの道。

僕の2010年~2015年は、あんなにも苦しく、あんなにも深く愛おしかった5年はありませんでした。あんなに人生で悩む事ももうないかもしれない。

けど、今だから言える。向き合ってよかった。苦しくて辛くても、闇の中から、小さな光を見いだせて本当によかった。

彼の顔が頭の中にずっと残っているのです。

大丈夫、一人じゃない、君は一人じゃないから、どうかくじけないで、大丈夫だから。

僕の魂の叫びが、こうして勝手にタイピングをしてしまうのです。

きっと、似たような人、このメルマガの中にいると思います。

引きこもりの人
よくわからない不安感がある人
虚無感・無価値観・孤独感。
なぜ生きているのか。
なぜ生まれてきたのか。
何しにきたのか。
どこに向かっているのか。

明確な答えは僕にもわかりません。

ただ、わかることは、今、もがいている方向で大丈夫です。

3歩進んで2.8歩下がる。10歩進んで、9.5歩下がってるかもしれない。

全然進んでいる感じしないし、今の悩みは、出口も光も希望も見えないかもしれない。

けど、大丈夫。

少しずつ少しずつ、光の方向に進んでいると思います。

僕らはどこかでみんな繋がっている。繋がっているんだと思う。

大丈夫。

そっちであってるから。

応援してますからね。

では、また。

長々と読んでくれてありがとう。




親の影響って、良くも悪くも絶大ですよね。


↓上村浩晶さん自己紹介メッセージ



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Author:phm202
ブログをご覧いただきありがとうございます。

40代半ば 男性 神奈川県在住 プロラボ勤務経験あり 主にデュープと複写作業をしていました フォトマスター検定1級 写真専門士

好きなこと・・・写真撮影(鉄道写真など) 読書(自己啓発、成功法則、ビジネス系など)

累計納税額日本一の事業家 斎藤一人さんの考え方、生き方に影響を受けています。

使用機材
PENTAX K-m
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