カメラ片手に・・・写真などいろいろなこと

趣味で撮った写真や、読んだ本の要約などをご紹介します

カメラ内デジタルフィルターをかけてみました。

↓「クロススクリーン」
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↓「絵画調」をかけて明るさを整えました。
DSCN6630-2.jpg

Nikon COOLPIX P330

テーマ:鉄道写真 - ジャンル:写真

  1. 2016/11/14(月) 22:36:08|
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「よくわかるアレンジの教科書」 秋山公良 著 (3/3)最終回

「よくわかるアレンジの教科書」 秋山公良 著 ヤマハミュージックメディア 2015年 より

<コラム3>
「なぜ最近の歌は歌詞の量が多い?」

1980年代の後半あたりからヒットした曲に多く見られる傾向があります。それは、歌詞の量がものすごく増えていることです。

80年代中頃までは、日本のポップスはJ-POPではなく歌謡曲と呼ばれていました。伴奏はバンド形式ではなく、フルバンドです。フルバンドというのは、ドラム、ベース、ギター以外にホーンセクションやストリンブスセクションが加わった、数十名のバンドのことです。
当然ながら、それぞれの楽器が特徴を出して活躍するようにアレンジしてあるので、歌詞をいろいろと工夫して歌わなくてもバック演奏を聴くだけでおもしろ味がありました。

しかし時代が過ぎ、歌謡曲からJ-POPへと変わったことによって、伴奏も4~5人のバンド、もしくは打ち込みによるカラオケに変わりました。こうなると、アレンジはどうしてもパターン化してきます。飽きさせない要素としては、歌詞に頼ることになります。

そして90年代中頃からは、音圧競争も始まりました。どの会社も、他社のCDにくらべて一段と音量が大きく聴こえるようにと音圧を上げるのです。負けじと他社も音圧を上げていき、やがて競争になります。

その結果、オープニングからエンディングまで音量を示す針がレッドゾーンの0デシベルに振り切れたままになり、中高年の人にとっては単に耳が疲れるだけの音楽になりました。

各楽器も、何をやっているのか細かいニュアンスなどが聴き取れません。せいぜいわかるのは歌詞くらいです。アレンジのおもしろ味もないので、ヴォーカルは少しの間も休むことができず、ただひたすら歌い続けます。その結果、歌詞の量が半端なく増えていったのです。

しかし歌詞は長ければよいというものではありません。殺し文句も決め台詞もない、垂れ流しのような言葉だけが続いてしまっては逆効果です。

ただ最近はハイレゾブームです。音域(ダイナミックレンジ)の広さが大切になりますから、安易に音圧を上げてダイナミックレンジを狭くしてしまうような音圧競争は、落ち着く方向に進むと思われます。はたして作詞、作曲、アレンジはどのように変化していくのでしょうか。



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  1. 2016/11/14(月) 22:24:44|
  2. 音楽
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「100%幸せな1%の人々」 小林正観 著 その29

「100%幸せな1%の人々」 小林正観 著 中経出版 2012年 より

<29 目の前に現れる人、一人ひとりが、許容度・寛容度を広げてくださる人>

「私」の心の広さを仮に「扇(おうぎ)」にたとえます。その扇の広さが90度の平均的寛容度だと思ってください。そして、その90度の外側に、自分にとって許せない、あるいは我慢できない人が存在するとしましよう。

その外側にいる人を、自分の90度の枠内に連れてこようとします。その人が自分の価値観や許容範囲の中に入ってきてくれれば何の問題もないのですが、そうそう簡単には入ってきてくれません。そこで悩み、苦しみ、ストレスを感じるわけです。

もし、自分の90度の許容度・寛容度を広げることができ、相手を受け入れることができたならば、そこで問題は消滅します。イライラも腹立ちもなく、相手を受け入れたのですから、相手が自分の許容範囲に入っているということになります。

仮に許容範囲が120度になったとき、130度目のところに、また人が現れたとします。その人を「私」自身が認め、受け入れてしまえば、「私」の心の領域が広がり、またイライラがなくなります。
結局、その人を受け入れること、「そういう価値観の人もたしかにいるよね」というふうに、「私」の心の許容範囲を広げたことで、ラクになるのは向こうではありません。「私」自身がラクになるのです。

ですから、その現れてくれた人は、常に「私」の心の許容範囲を広げてくださる方(扇の範囲を広げてくれる方)だと思ってみたらどうでしょうか。その人のおかげで「私」はやがて180度のきれいな扇の広がりを持つことになります。

「どんな人が現れてもまったく感じない人になってしまう」「いちいちイライラを感じない人になってしまう」という意味で、私はこの人を「ボーッとした人」と名づけました。
90度の広さを平均的な許容範囲とすると、その3分の1の30度や、半分の45度の許容範囲の人は「心の狭い人」、あるいは「ピリピリした人」という言い方をします。

ですから、「ピリピリした人」よりは「ボーッとした人」の方が、実は自分自身もラクであるということがいえるのです。

人のためではありません。その相手のためではなく、自分が「つらくない」「いちいち腹を立てないですむ」という意味で、この方法は自分にとって最良の方法です
心の「扇(おうぎ)」を広げること。これこそがまさに、自分がラクに生きるための「奥義(おうぎ)」なのです。

「私」がボーッとし、いちいち腹を立てず、過剰反応せず、一喜一憂せず、ありとあらゆることを笑顔で迎え入れ、自分の許容範囲を広げていくことができたら、「私」自身が一番ラク。

そしてよく考えてみると、自分の平均的な90度の扇の広さを、その外に現れた人が広げてくださったおかげで、自分の心が広がり、許容度・寛容度が広がったということになれば、その人に「私の心を広げてくれてありがとうございます」と言えるのではないでしょうか。

目の前に現れる人、一人ひとりが「私」の許容度・寛容度を広げてくださる人なのかもしれません。そのことに気がついたら、「私」が嫌悪を感じる人であっても、その人が現れてくれたことに感謝できそうです



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テーマ:モノの見方、考え方。 - ジャンル:心と身体

  1. 2016/11/14(月) 22:06:49|
  2. 小林正観さん
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プロフィール

phm202

Author:phm202
ブログをご覧いただきありがとうございます。

40代半ば 男性 神奈川県在住 プロラボ勤務経験あり 主にデュープと複写作業をしていました フォトマスター検定1級 写真専門士

好きなこと・・・写真撮影(鉄道写真など) 読書(自己啓発、成功法則、ビジネス系など)

累計納税額日本一の事業家 斎藤一人さんの考え方、生き方に影響を受けています。

使用機材
PENTAX K-m
DA L 18-55mmF3.5-5.6AL
DA L 50-200mmF4-5.6ED
Nikon COOLPIX P330     

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